「たしかにそんなに大した発明とは言えないけど、でも味は悪くない」
「それはよかった」
「ええとそれで、私がどんな仕事をしているのか? そいつはちっとむずかしい問題ね。正直に言っても、信じてもらえないかもしれないし」
「じゃあ私の方から言うわ」と青豆は言った。「私はスポーツ?クラブでインストラクターをしているの。主にマーシャル?アーツ。あとは筋肉ストレッチング」
「マーシャル?アーツ」と感心したように相手の女は言った。「ブルース?リーみたいなやつ?」
「<���傍点>みたい</傍点>なやつ」
「強い?」
「まずまず」
女はにっこり笑って、乾杯するようにグラスを持ち上げた。「じゃあ、いざとなれば無敵の二人組になれるかもね。私はこう見えて、けっこう長く合気道をやってるから。実を言うとね、私は警察官なの」
「警察官」と青豆は言った。口が軽く開かれたまま、それ以上言葉は出てこなかった。
「警視庁勤務。そうは見えないでしょ?」と相手は言った。
「たしかに」と青豆は言った。
「でもほんとにそうなの。マジに。名前はあゆみ」
「私は青豆」
「青豆。それって本名?」
青豆は重々しく肯いた。「警官っていうと、制服を着て、ピストルを持って、パトカーに乗ったり、通りをパトロールしたりするわけ?」
「私としてはそういうのがやりたくて警官になったんだけど、なかなかさせてはもらえない」とあゆみは言った。そしてボウルに盛られた塩つきプレッツェルをぽりぽりと音を立てて腐った。
「お笑いみたいな制服を着て、ミニパトに乗って、駐車違反なんかを取り締まるのが、私の今のところの主なお仕事。もちろんピストルなんか持たせちゃもらえない。トヨタ?カローラを消火栓の前に停めた一般市民に向けて、威嚇射撃をする必要もないからね。私は射撃訓練でもかなり良い成績を出しているんだけど、そんなことは誰も目にも留めない。ただ女だからというだけで、来る日も来る日も棒の先につけたチョークで、アスファルトの上に時刻とナンバーを書いて回らされてるわけ」
「ピストルというと、ベレッタのセミオートマチックを撃つわけ?」
「そう。今はみんなあれになったからね。ベレッタは私にはいささか重すぎる。たしかフルに弾丸を装填したら、一キロ近く重量があるはずだから」
「本体重量は八五〇グラム」と青豆は言った。
あゆみは腕時計の品定めをする質屋のような目で青豆を見た。「ねえ青豆さん、どうしてそんな細かいことまで知ってるわけ?」
「昔から銃器全般に興味があるの」と青豆は言った。「もちろんそんなもの実際に撃ったことはないけど」
「そうか」とあゆみは納得したように言った。「私も実はピストルを撃つのが好きだよ。ベレッタはたしかに重量はあるけど、撃った反動は旧式のものほど大きくないから、練習を積めば小柄な女性にだって無理なく扱える。でも上のやつらはそんな考え方はしない。女に拳銃なんて扱えるかって思っている。警察上層部なんて、みんな男権主義のファシストみたいなやつらなんだから。私は警棒術だってすごく成績がよかったんだよ。たいていの男には負けなかった。でも全然評価されない。言われるのはエッチなあてこすりばっかり。警棒の握り方がなかなか堂に入ってるじゃないか、もっと実地練習したかったら遠慮なく俺に言ってくれよ、とかさ。まったくあいつらの発想ときたら、一世紀半くらい遅れてるんだから」
あゆみはそう言って、バッグからヴァージニア?スリムを取り出し、慣れた手つきで一本取り出して口にくわえ、細い金のライターで火をつけた。そして煙を天井に向けてゆっくりと吐いた。
「そもそも、どうして警官になろうと思ったわけ?」と青豆は尋ねた。
「もともと警官になるつもりなんてなかったんだよ。でも普通の事務みたいな仕事はやりたくなかった。かといって専門的な技能もない。となると、選べる職種は限られてくる。それで大学四年のときに警視庁の採用試験を受けたわけ。それにうちの親戚って、なぜか警官が多いんだ。実を言うと、父親も兄貴も警察官なんだよ。叔父も一人警官をしている。警察って基本的に仲間内の社会だから、身内に警察官がいると優先して採用してくれるの」
「警察官一家」
「そういうこと。でもさ、実際に入ってみるまで警察ってのがこんなに男女差別のきつい職場だとは思わなかったな。婦人警官っていうのはね、警察の世界ではいわば二級市民みたいなものなの。交通違反の取り締まりをするとか、机の前に座って書類管理をするとか、小学校をまわって子供の安全教育をするとか、女の容疑者の身体検査をするとか、そういう面白くもなーんともない仕事しかまわってこないわけ。私よりも明らかに能力の落ちる男たちが、次々に面白そうな現場にまわされていくっていうのにさ。上の方は男女の機会均等なんて明るい建前を言ってるけど、実際にはそんなに簡単なものじゃない。せっかくの勤労意欲も失せてきちゃう。わかるでしょ?」
青豆は同意した。
「そういうのって頭にくるよ、ほんとに」
「ボーイフレンドとかはいないの?」
あゆみは顔をしかめた。そして指のあいだにはさんだ細身の煙草を、しばし睨んでいた。「女で警官になるとね、恋人を作るのが現実的にとってもむずかしくなるわけ。勤務時間が不規則だから、普通の勤め人とは時間が合わないし、それにちょっとうまく行きかけても、私が警察官をしているってわかったとたんに、普通の男ってみんなするする引いちゃうんだ。蟹が波打ち際を逃げていくみたいに。ひどい話だと思わない?」
青豆は同意の相づちを打った。
「そんなわけで、あと残された道は職場内恋愛くらいなんだけど、これがまた、見事にまともな男がいないんだ。エロい冗談しか言えないような不毛なやつらばっかし。生まれつきアタマが悪いか、出世することしか考えてないか、そのどっちか。そんなやつらが社会の安全を担っているんだ。日本の将来は明るくないよ」
「あなたは見かけも可愛いし、男の人にもてそうに見えるけど」と青豆は言った。
「まあね、もてなくはないよ。職業を打ち明けないかぎりはね。だからこういうところでは、保険会社に勤めているってことにしておくの」
「ここにはよく来るの?」
「<���傍点>よく</傍点>というほどじゃない。ときどき」とあゆみは言った。そして少し考えてから打ちあけるように言った。「たまにセックスしたいなあって思うんだ。率直に言えば男がほしくなる。ほら、なんとなく周期的にさ。そうするとお洒落して、ゴージャスな下着をつけて、ここに来るわけ。そして適当な相手をみつけて一晩やりまくる。それでしばらくは気持ちが落ち着く。健康な性欲が具わっているだけで、べつに色情狂とかセックス?マニアとかそういうんじゃないから、いったんぼあっと発散しちゃえばそれでいい。尾を引いたりすることはない。明くる日からまたせっせと駐車違反の路上取り締まりに励む。あなたは?」
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