春樹 村上 - 1Q84

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1Q84: краткое содержание, описание и аннотация

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 天吾はため息をついた。

「しかたない。時間をあと戻しすることはできない」と小松は言った。そしてマルボロを口にくわえ、目を細め、店のマッチで火をつけた。「あとのことは俺がよく考える。天吾くんは何も考えなくていい。もし『空気さなぎ』が賞を取っても、ふかえりはなるべく表に出さないようにしよう。人前に出たくない謎の少女作家、みたいなラインでうまくまとめていけばいい。俺が担当編集者として、スポークスマンみたいなかっこうになる。そのあたりの按配は心得ているから大丈夫だ」

「小松さんの能力を疑うわけじゃありませんが、ふかえりはそのへんの普通の女の子とは違います。人の言うとおりに黙って動いてくれるタイプじゃありません。自分がこうすると決めたら、誰がなんと言おうとそのとおりに実行します。意に染まないことは耳に入らないようにできているんです。そう簡単にはいきません」

 小松は何も言わず、手の中でマッチ箱を何度も裏返していた。

「でもな、天吾くん、何はともあれ、ここまで来たらお互いもう腹を据えてやるしかないんだよ。まず第一に、君の書き直した『空気さなぎ』は見事な出来だ。予想を遥かに超えて素晴らしい。ほとんど完壁に近い。これなら間違いなく新人賞を取るし、話題になる。今更こいつを埋もれさせるようなことはできない。俺に言わせればそれは一種の犯罪だ。そしてさっきも言ったように、話はどんどん前に進んでいるんだ」

「一種の犯罪?」と天吾は小松の顔を見ながら言った。

「こういう言葉もある」と小松は言った。「『あらゆる芸術、あらゆる希求、そしてまたあらゆる行動と探索は、何らかの善を目指していると考えられる。それ故に、ものごとが目指しているものから、善なるものを正しく規定することができる』」

「何ですかそれは?」

「アリストテレスだよ。『ニーコマコス倫理学』だ。アリストテレスを読んだことはあるか?」

「ほとんどありません」

「読むといい。君ならきっと好きになれる。俺は読む本がなくなったときにはギリシャ哲学を読むことにしているんだ。飽きることがない。いつも何かそこから学べることがある」

「その引用のポイントはどこにあるんですか?」

「ものごとの帰結は即ち善だ。善は即ちあらゆる帰結だ。疑うのは明日にしよう」と小松は言った。「それがポイントだ」

「アリストテレスはホロコーストについてどう言っているんですか?」

 小松は三日月のような笑みを更に深めた。「アリストテレスはここでは主に芸術や学問や工芸について語っているんだ」

 小松とは決して短くはないつきあいだ。そのあいだに天吾は、この男の表の顔も見てきたし、裏の顔も見てきた。小松は業界の一匹狼的な存在で、好き勝手なことをやって生きているように見える。多くの人はその見かけにごまかされる。しかし前後の事情をよく頭に入れて、細かく観察すれば、彼の動きがなかなか綿密に計算されたものであることがわかる。将棋でいえば数手先まで読んでいる。奇策を好むのは確かだが、しかるべきところに一線を引いて、そこから足を踏み出さないように気をつけている。どちらかと言えば神経質な性格と言ってもいいくらいだ。彼の無頼的な言動の大半は表面的な演技に過ぎない。

 小松は自分自身に、用心深くいくつかの保険をかけていた。たとえば彼はある新聞の夕刊に週に一度文芸関係のコラムを書いていた。そこでいろんな作家を褒めたり貶{けな}したりした。財すときの文章はかなり苛烈なものだった。そういう文章を書くのが彼は得意だった。匿名のコラムだが、業界の人間はみんな誰がそれを書いているのかを知っていた。当然の話だが、新聞に悪口を書かれることを好む人間はまずいない。だから作家たちは小松とはできるだけ事を構えないように注意していた。雑誌に執筆を依頼されれば、できるだけ断らないようにした。少なくとも何度かに一度は引き受けた。そうしないとコラムで何を書かれるかわかったものではない。

 天吾は小松のそういう計算高い面があまり好きにはなれなかった。文壇を小馬鹿にしておきながら、一方でそのシステムを都合よく利用している。小松には編集者としての優れた勘が具わっていたし、天吾にはずいぶんよくしてくれた。小説を書くことについての彼の忠告はおおむね貴重なものだった。しかし天吾は一定の距離を置いて小松とつきあうように心がけていた。あまり近づきすぎて、下手に深入りしたところで足元の梯子を外されたりしたら、たまったものではない。そういう意味では天吾もまた用心深い人間だった。

「今も言ったように、君の『空気さなぎ』の書き直しは完壁に近い。たいしたものだ」と小松は話を続けた。「ただし一カ所だけ、ただの一カ所だけ、できることなら書き直してもらいたいところがある。今じゃなくてもいい。新人賞のレベルではあれで十分だ。賞をとって、雑誌掲載になる段階であらためて手を入れてくれればいい」

「どんなところですか?」

「リトル?ピープルが空気さなぎを作り上げたとき、月が二つになる。少女が空を見上げると、月が二つ浮かんでいる。その部分は覚えているよな?」

「もちろん覚えています」

「俺の意見を言わせてもらえれば、その二つの月についての言及が十分ではない。書き足りない。もっと細かく具体的に描写してもらいたい。注文といえばその部分だけだ」

「たしかに描写がいくぶん素っ気ないかもしれません。ただ僕としては、あまり説明的になって、ふかえりの原文が持っている流れを崩したくなかったんです」

 小松は煙草をはさんだ手を上にあげた。「天吾くん、こう考えてみてくれ。読者は月がひとつだけ浮かんでいる空なら、これまで何度も見ている。そうだよな? しかし空に月が二つ並んで浮かんでいるところを目にしたことはないはずだ。ほとんどの読者がこれまで目にしたことの<���傍点>ない</傍点>ものごとを、小説の中に持ち込むときには、なるたけ細かい的確な描写が必要になる。省いてかまわないのは、あるいは省かなくてはならないのは、ほとんどの読者が既に目にしたことの<���傍点>ある</傍点>ものごとについての描写だ」

「わかりました」と天吾は言った。小松の言い分はたしかに筋が通っている。「そのふたつの月が出てくる部分の描写は、もっと綿密なものにします」

「けっこう。それで完壁になる」と小松は言った。そして煙草をもみ消した。「あとは言うことない」

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